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青空の果て
 文字という記号で、心の中を映し出せれば
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 外見があと三倍ぐらい良かったら、あと三倍くらいは性格も
 良かったんじゃないかと思っている卑屈で卑怯な暁です。
 その代わり運動能力や学力は三分の一になるでしょうけれど。
 今の基礎学力や運動神経は、「外見なんかより中身を磨かねば!」
 とガムシャラに部活や勉強に打ち込んでいた中学時代に取った
 杵柄で成り立っておりますもの(笑)。外見も悪くて、取り得も
 無くて、何も出来ない自分だからせめて、学業くらいでは優位に
 立とうと考えていたのですよ。十二歳かそこらのガキにして。
 ――可愛気がないにも程があります。

 やっぱ、人間は外見ですか? やっぱり外見ですよね(ぇ?)。
 最近それに気付きました。いえ、正しくは、自分がそれに非常に
 拘っていたということに気付きました。
 
 
  
 何故か知りませんが、やたらコンプレックスがあるのですよねー。
 何処がどう気に入らないのかは解りません。整形をすると仮定した
 ところで、別に変えたいパーツなど思いつかないのですけれど。
 ですが昔から、自分の容姿に対して凄く引け目を感じるのです。
 自分のことを誰にも見て欲しくなくて、だから自分も他人のことを
 見たくなくて。外見なんかで他人を左右したくないから。
 
 外見なんかを磨くより外見なんかに拘るよりも、内面を磨かねば、と。
 そう小さい頃から思い続けていたのですが、その考え自体が外見に
 囚われまくっておるということに、そしてその考え自体が内面をも
 卑屈にしていくということに、長じてようやく気付きました。
 この辺りに原因を持つ弱さも、暁の中に確実に存在していますし。

 外見よりも内面だと言うのも、間違っては無いでしょうけどね。
 悟りというか真理ですか。しかし真理に到達するまでの道程には、
 やはり外面が必要なのですよ。と言うか、心が体と言う器に宿って
 いる限り、器を無しにその人物を語ることは不可能ですよね。
 人間は所詮、感覚の大部分を視覚に頼った生物ですしー。

 ってなワケで。
 自分の外見に責任を持てと言われる年齢(三十歳?)になるまでには
 胸を張って「これが自分だ」と言えるようになりたいですねー。
 
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