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青空の果て
 文字という記号で、心の中を映し出せれば
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 三角形の内角の和が必ずしも180°で無い事を、最近知った暁です。
 非ユークリッド幾何学とか言う何やら小難しそうな考えらしいのですが
 要するに、
 「球面に三角形を描いても、内角の和は180度にならないでしょ?」
 ってことらしいです。まぁ、確かにならないでしょう。見た感じから
 しても180度よりもでかいです(実際には180度~540度)。

 しっかし、何となく球面に投影した三角形を認められない暁です。
 いや、何となく。三角形っぽく無くて。三点を繋いでるのですから
 三角形であることは間違いないのでしょうけれど。でも、しかし。

 と、そんな感じでずっと三角形について考えていたところ、
 「世界は三角形で出来ているのか……」
 なんて意味の解らない悟りにまで到達する始末。
 「ていうか何で、三角形の内角の和は180度なのさ?」
 なんて中学生の問題のような問いに捕われる始末。
 (図に書いてみれば、それこそ中学数学の幾何の問題でした(汗))
 そんなことを考えていると……
 
 
 「だいたい何で、直線が180°なのさ!?」
 と妙なことが気になってなりません。何で一周が360°なのでしょうね?
 何から来た「360」と言う数字なのでしょう。1°に意味があるのか、
 360分割に意味があるのかは知りませんが、もっとキリの良い数字で
 一周を100°にするとか、四方位(東西南北)や十六方位(南南西など)に
 倣って4の倍数にするとかしても良いと思いません?

 そんなことを考え始めると、
 「そもそもどうして一日は24時間で1時間が60分?」
 などを考え始めて止まりません。地球が一回転するのを一日とするのは
 良いのですが、どーしてそれを24なんて数字で割るのでしょうか。
 日本の古典などで出てくる時刻は「子の刻」とか「丑三つ時」とかで、
 一日を12で割ってますよね。一年も12ヶ月だし、一分は60秒だし
 何か12の倍数に意味があるのでしょうか。

 ……っと、少々調べてみると。
 一日が24時間なのは古代のエジプト人が使用していた時間で、
 一時間を60に分割したのは、60進法を使っていたバビロニア人だとか。
 まぁ、それでは全く答えになってませんので、バビロニア人について検索。

 それによると、バビロニア人たちは早くから一年が360日周期である
 ことを知っていて、太陽が地球の周りを一回転するのに360°(1日を1°)
 かかることから、一回りを360°としたんじゃないか、と。そして
 円に内接する正六角形の一辺が円の半径と等しい事を知っており、そこで
 360°を6分割して60進法を使っていたのではないか、と書いておりました。
 (もしくは60と言う数字は、整数の約数が多いため、分数が扱いやすいから
 選ばれたという説も)

 意外なところからまた三角形(正六角形)に話が戻ってきましたね(笑)。
 何故一周が360°なのか、という謎も解決しましたし、全く止まる気配が
 無いのでこの辺で区切ります。
 
 マイナス思考とともに、こーいうくだらない疑問に日々悩まされる暁でした。
 
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