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青空の果て
 文字という記号で、心の中を映し出せれば
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 ――所詮、自分と世界は相容れないものなのだ

 ↑か、どうかは知りませんが、生き難いことは確かです。
 社会に適合できていないと言うよりは、他人に適合できていない
 のですけれど。いや、適合できないのは自分にでしょうか。

 我が侭なのですよ。自分の思い通りにならないと、凄く苛々と
 するのです。思い通りにならない他人にも世界にも苛立つ。
 自分のことを正当に評価してくれることを望んでいるのです。
 ――が。それ自体は、別に良いんじゃないかと思います。
 人間ってそんなものなのではないかと思うのですよ。
 結局のところ他の誰でもなく、自分が世界の中心なのですよね。

 問題は、暁がそんな自分を認められないと言うことなのですよ。
 本当は我が侭であるくせに、我が侭を言うことは出来ない。潔癖な
 までに自分に完全な人間像を押し付けようとして、誰に対しても
 「良い人」であろうとするのですよ。それは他人に対する態度でも
 それから自分自身に対する感情に対しても。心の中で他人の不幸を
 望んだり不誠実であったりする自分に対してさえも、許せないのです。
 だから他人に対して不満を持つ自分が許せないし、他人に対して
 文句を言う自分も許せない。だけど、他人に対して自分の主張をしない
 自分も許せなくて、他人を信用していない自分も許せない。

 そしてこんな風に全てが自分のせいだと思い込む自分が解らない。
 他人に気を使うのが嫌で一人でいることが好きなくせに、他人に
 嫌われやしないかとビクビク怯えながら暮らしている自分も解りません。
 我が侭を言うのが嫌で、他人に嫌われるのも不満を抱くのも嫌で。
 それなのに、気を使うのも嫌で、自分が割りを食うのも嫌なのです。
 そして、それを嫌だと感じている自分が許せないのですよねー。
 
 きっと暁は、どんな悪感情からも無縁な聖人でありたいのですよ。
 昔は誰しもが、他人の幸せを喜び合い、不幸を本気で悲しみあっている
 のだとばかり思っておりましたから。暁もそうなりたかったのです。

 ……性悪で腹黒な人間の癖に、潔癖で嫌ですねー。
 だから世界と自分との折り合いをつけられないのですよ。
 我ながら、面倒くさいですねぇ。
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